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Column de saison

Les brasseries au cœur de Paris パリのブラッスリー(2)

今回はパリの最も有名なブラッスリーのひとつリップ Lipp を紹介します。サンジェルマン・デプレ教会の隣の由緒あるカフェ、ドゥ・マゴ Les deux magots とカフェ・フロール Le café de Flore の、サンジェルマン大通りをはさんだ向かい側に、長い歴史を持つブラッスリー・リップはあります。

ブラッスリー・リップの歴史は1880年に遡ります。レオナール・リップとその妻ペトロニーユは、普仏戦争によって自分たちの故郷アルザスがドイツ領になったことで故郷を追われました。そしてパリに移住した彼らは、このサンジェルマン大通りにアルザス料理とビールを出すお店を開いたのです。

ただ店名は始めから「リップ」だったわけではありません。当初は店主が故郷を偲んで名づけた「ライン河岸のブラッスリー La Brasserie des Bords du Rhin 」でした。

名物料理は、セルヴラ cervelas と呼ばれるソーセージに、レムラード rémoulade というマヨネーズにマスタードや香料を加えたソースをかけた前菜、たっぷりと盛り付けられたシュークルート。美味しいビールとともに、打ち解けた雰囲気の中これらのアルザス料理が手頃な値段で食べられるということで、店はたちまち大繁盛しました。

第一次世界大戦中数年間は、ドイツを連想させる店名が嫌われ「河岸のブラッスリー La Brasserie des Bords 」となり、1920年新しいオーナー、マルセラン・カーズが店を引き継いで、ブラッスリー・リップという現在の店名になりました。

マルセラン・カーズは1888年生まれ。オーベルニュ地方の8人兄弟の貧しい家庭出身です。明るい未来を夢見てパリに移住してきた彼は、木炭運びや水運びといった辛い力仕事から、やがてカフェの世界に飛び込みます。まずポワソニエール大通りのカフェ、そしてフォーブール・モンマルトルのカフェでギャルソンになったのです。毎日長い時間働き、自分が担当するテーブルのチップをこつこつ貯金して、妻とともに経営するカフェを、バスティーユ付近のヴォルテール大通りに購入します。このお店はその後中央市場のあったレアル地区に移転します。

しかし第一次世界大戦が勃発したため、この事業は頓挫。戦地で2度も負傷したマルセランは再び莫大な借金をして、1920年ようやく事業の再開を果たすことができます。これが、ブラッスリー・リップでした。

多くの詩人や作家がお店の常連だったことから、1935年、カーズはプリ・カーズ le Prix Cazes という文学賞を創設します。この文学賞は、他の文学賞を授与されたことのない作家を選んで毎年基本的に1人授与されるもので、今日まで続いています。

そして1955年に、息子のロジェ・カゼスが店を引き継ぎました。1990年以降は、サロン・ド・テのオーナーでもあるベルトラン・グループに所有権が移りつつあるようですが、お店の内装は1925年以来変わっていません。

実は L’Obabon も Lipp のお店の雰囲気やお皿のデザインを参考にしています。

le 10 avril 2014
cyberbloom
 

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