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Column de saison

夏(ヴァカンス)の終わりに

暑かった夏の日差しが少し和らぎ、気づけばあっという間に8月が終わろうとしています。フランス人たちのヴァカンスも終わりに近づき、また9月から彼らにとって ‘métro, boulot, dodo’ の不機嫌な日常が始まります。これは「地下鉄に乗って出勤、仕事して、また地下鉄でうちに帰って寝るだけ」といった意味合いを持つ表現です。私たち日本人はどちらかというと暑い夏が終わりホッとする感じですが、夏の終わりに一抹の寂しさを覚えるのはいずこも同じでしょうか。

そこで私たちも楽しかった夏の想い出を反芻しつつ、ひと夏のヴァカンスを描いたエリック・ロメールの名作『緑の光線』(1986)を見るという趣向はいかがでしょうか。

この映画を見ると、フランス人、特にパリジャン・パリジェンヌたちにとって、誰と、どのようにヴァカンスを過ごすかがどれだけ大問題なのか、もしパートナーがいなければ、早く見つけなくてはというオブセッションにどれだけとらわれているか、本当によくわかります。

主人公はパリのオフィスで働く若い女性デルフィーヌ。一緒にヴァカンスに行くつもりだったボーイフレンドは彼女をおいてさっさとアルプスへ。一緒にギリシャに行く約束をしていた女友達からもキャンセルされてしまいます。ヴァカンスを一人ぼっちで過ごすハメになるのではと不安になっている彼女を別の女友達がシェルブールに誘ってくれますが、デルフィーヌは周囲の楽しい雰囲気に馴染めず早々とパリに戻ってきてしまいます。

今度は一人でビアリッツの海岸に出かけるのですが、そこで彼女は、ジュール・ヴェルヌの小説の中の「太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線を見た者は幸せを掴む」という、「緑の光線」にまつわる話を耳にすることになります。パリに戻った彼女は、孤独に耐えきれず公園を散歩したり、山に行ったり時間を潰すのですが、再び南仏の海に訪れます。

そこでも孤独は癒されず、パリに戻ろうと向かった駅の待合室で、彼女は本を読む一人の青年に出会うことになります。何気なくデルフィーヌの方から声をかけ、初めて他人と意気投合した彼女は思いがけず、自分から青年を散歩に誘います。こうして海辺のベンチで2人は息を潜めながら太陽が沈む瞬間に放つ「緑の光線」を見ることが出来たのでした。

ヴァカンスも終わりに近づいた頃、ようやく一緒にヴァカンスを過ごす理想のパートナーが見つかったようで、めでたし、めでたし、というお話ですが、理想主義で自分の孤独を嘆いてばかりの主人公にイライラさせられる前半部分から一転して、徐々に心をひらきはじめたデルフィーヌがこの青年と肩を寄せ合って目撃することになる「緑の光線」のラストシーンが最高に美しいのです。

この作品はエリック・ロメール監督の「喜劇と格言劇シリーズ」第5作で、このシリーズの各作品には1つの格言がセットになっています。「緑の光線」にはアルチュール・ランボーの ’Ah,que le temps vienne…Où les cœurs s’éprennent’ ―「ああ、心という心が燃え上がるときよ、来い」という一節が選ばれています。

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