column

Column de saison

ジプシー・ジャズ

3日間に渡ったロバボン・ナイト、楽しんでいただけましたでしょうか。パリ祭を日本で、しかもパリの雰囲気そのままに楽しめる機会なんて滅多にありません。とりわけ初日の日曜の夜は、日本ではなかなかお目にかかれない、ジプシー・ジャズのバンド、Mon Dieu (モンデュー)の演奏で静かに盛り上がり、哀愁漂うメロディが夏の夜の空気に染みわたっていました。この音楽はパリのカフェやバーでよく演奏され、まさにロバボンがパリそのものなった瞬間でした。

ジプシー・ジャズ Gypsy Jazz とは、1920年代から活躍したギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトとヴァイオリンニスト、ステファン・グラッペリが始めたホット・ジャズ・スタイルを元に出来上がったジャンルです。パリはジャズの街でもあり(神戸もそうですね)、巨匠マイルス・デイヴィスを始め、多くの本場アメリカのジャズミュージシャンたちを魅了しましたが、ジャンゴ・ラインハルト Django Reinhardt (1910-1953) はパリからジャズを発信したミュージシャンのひとりです。

なぜジプシーなのかというと、ジャンゴのルーツが「マヌーシュ manouche 」と呼ばれる西ヨーロッパのジプシー系の家族の出身だからです。それゆえ、ジプシー・ジャズはマヌーシュ・ジャズとも呼ばれます。彼はロマの旅芸人の両親のもとに生まれ、小さいころから家族と一緒にヨーロッパ中を旅しながら、ギターやバイオリンの技術を身に着けていきました。ジャンゴは彼のニックネームで(本名はジャン Jean)、ロマ語で「私は目覚める」という意味だそうです。

ジャンゴはギタリストとして知られていますが、それまでギターはジャズの分野で主に伴奏楽器として使われていました。彼はギターをソロ楽器として使った先駆けで、早い時期からギターを主役とした即興演奏をしていました。彼の独特の演奏スタイルには、彼の指の障害の影響があると言われています。彼は18歳のとき、キャラバンの火事で大やけどを負い、そのときの後遺症で、左手の薬指と小指に障害が残りました。医者にはギターを弾くのは無理だと言われましたが、そのことが、新しいテクニックとスタイルを身に着けさせることになったのでした。

彼の独特のスタイルはジャズミュージシャンだけでなく、ダイア・ストレイツのマーク・ノップラーやジミ・ヘンドリックスなどのロックミュージシャンにも大きな影響を与えています。特にヘンドリックスはジャンゴへのオマージュとして彼のバンドに、Band of Gypsy という名前を付けたほどです(音楽のスタイルはかなり違うのですが)。

またアメリカのジャズミュージシャンにもジャンゴの音楽の愛好者は多く、モダン・ジャズ・カルテットのトリビュートアルバム『ジャンゴ』が有名ですね(パリの広場をテーマにした『コンコルド』とともにMJQの名盤に挙げられます)。

この機会にぜひジプシー・ジャズを聴いてみてください。もちろん、関西の Band of Gypsy =Mon Dieu もお忘れなく!

Mon Dieu さんのサイト

ジャンゴロジー~スペシャル・エディションジャンゴ

le 15 juillet 2015
cyberbloom

Index Actualité