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Column de saison

バラの都、リヨン

ナントとトゥールの間に位置するドゥエ・ラ・フォンテーヌでは、およそ700万本ものバラの木が栽培されており、バラの都として知られています。1959年以来バラの栽培者たちが、彼らが育てた朝摘みの10万本ものバラが、7月になると、土地の造園技師たちの技術を結集して作られたフランス庭園、イギリス庭園、日本庭園で展示されます。夏空に映える、その光景は圧巻です。

 

バラの都と言えば、リヨンも有名です。パリに次いで2番目の都市であるリヨンは、2000年前のローマ時代にはゴール人たちの都で、長い歴史を持っており、現代のスタイルと16世紀のルネッサンス期の建物が併存しています。バラの都に相応しく、美食の都としても有名です。美食の「教皇」、ポールボキューズ、彼の名前を冠した世界的に知られたこのバラは、リヨンのバラ栽培者の有名な家系の子孫ドミニク・マサド氏によって生み出されました。

 

二つの川の合流点に位置し、いくつもの気候と地理的な特徴を備えたリヨンは様々な農産物を開発し続けています。しかし18世紀の終わりまでは、バラはリヨンの特産物ではありませんでした。バラとリヨンが結びついたのは、19世紀の始め。ナポレオンの妻ジョゼフィーヌ皇后は、リヨンに来て絹のドレスを買うのが大好きでした。この良い顧客に対し、業者もリヨン市民も豪華な歓待をしていました。彼らにお礼として、皇后は、当時最も重要であった彼女のバラのコレクションのコピー、およそ200種、つまりヨーロッパで知られているバラすべて、を彼らに贈ったのでした。これを元に自分たちで新しいバラを生み出そうと決心した園芸家たちは、1835年頃彼らの最初のバラたちが生みだし、さらにバラの新種を生み出し続けているのです。

 

それら新種のバラのひとつ「キズナ」というバラをご存知でしょうか。このバラは、バラが持つ遺産としての価値の維持のために活動するフランスの古代バラ協会の会員である日本人、森美保氏の求めに応じ、ドミニク・マサド氏によって生み出されました。この「キズナ」は2011年3月11日の津波の犠牲者の方々の助けになるように、また日本の人々に対しフランス人からの好意すべてを表すために、販売した収益金の一部が被災地のために使われています。

 

キズナのサイト:http://www.charity-rose-kizuna.com/

Bagatelle roseraie classique01

By Spedona (Spedona) (Cliché personnel – own work) [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5],
via Wikimedia Commons

20 juillet 2016
cyberbloom
 

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