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ジョニー・アリデー、亡くなる

12月5日にフランスの歌手、ジョニー・アリデーが74歳で亡くなりました。1943年生まれの歌手で俳優。本名ジャンフィリップ・スメット。死因は肺がんでした。

 

国民的アイドルだったジョニーの葬儀は国を挙げて行われました。ガラス張りの車に棺がのせられ、700台のバイクに先導されながら凱旋門、シャンゼリゼ大通り、コンコルド広場をめぐりました。コンコルド広場では彼のヒット曲が演奏され、沿道に集まった人々が大合唱。ミサが行われたマドレーヌ教会の前では、ジョニーの息子と娘、マクロン大統領夫妻が棺の到着を待っていました。

 

57年にも及ぶ芸能生活の間人気は衰えず、4世代ものフランス人に愛された唯一のポップスター。スタジアム級の会場を常に満杯にするライブパフォーマーで、187回ものツアー、3,000回を超えるコンサートをこなし、レコード売り上げ総数は1億枚以上。5度結婚するなど私生活も華やかで、パリマッチ誌の表紙を最も多く飾りました。それにしても、ジョニー・アリディはこんなにフランス人に愛されているのでしょうか。

 

それにはいくつか理由があります。ひとつは、1960年代に登場したアメリカ文化を素直に享受する若い世代を象徴するスターだったからです。エルヴィス・プレスリーに衝撃を受け、アメリカ風の名前ジョニー・アリディを名乗り、金髪のリーゼントヘアでアメリカ丸出しの歌を腰振って歌っていました。60年代は、第二次世界大戦も戦前のフランスすらも知らずアメリカ文化を浴びて成長した「黄金の30年間」の世代の若者たちが台頭してきた時期でした。

 

また60年代のどの国の若者もしていたように、ジョニーもアメリカやイギリスのポップ・ミュージックを身も蓋もないやりかたで持ち込みました。ヒットチャートにいい曲が登場すれば、数週間でジョニー版をフランスでリリース、ヒットさせるという状況が続きました。それらにジョニー流の熱い情熱をこめてフランス語で歌いあげるジョニーによって、従来のシャンソンとは違うフランス独自のポピュラー音楽を育てていったのでした。

 

さらに親もカネもコネもなく、まともに勉強もしていないジョニーは、芸能界に飛び込むことで成功し、エリートの証であるレジオン・ドヌール勲章も手にしました。お階級社会であるフランスでは、大変なことだったのです。

 

le 20 decembre 2017
cyberbloom
 

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